小さな郷愁風景〜広島県の風景〜


鈴張の風景 (広島市安佐北区)
 市内とはいっても千代田町に程近い山間の僅かな平地に開けているのが鈴張地区である。ここは江戸時代より在郷町として特に山繭を使った紬織を主産業として栄えていた。寛永年間(17世紀前半)には早くも月に6度の市が立っていた。産物は5kmほど南下した太田川より水運で搬出された。
 明治期になり陰陽を結ぶ街道沿いの本地村(現千代田町)までの往還を整備、可部へ運ばれ船に積替えていた物資の一部がこの町を経由していたようだ。
 今でも赤瓦の古い家並が残り、山陰との繋がりを感じさせる町である。
(02.10.27)




吉浦の風景 (呉市)


呉市街中心の西側に広がる吉浦の町は、古くから半農半漁の生活を営み続けた町である。
 現在では古い町並はほとんど残っていないが、緩やかな斜面に広がる市街地の一角に、明治10年創業の造り酒屋「中野光次郎本店」がある。酒蔵や古びた洋風の店舗など、趣のある風景が展開している。突当たりに誓光寺を望む街角風景は一級品である。
 なお、この中野光次郎本店は「水龍」という銘柄で日本酒の良さを地元から発信されている。

(03.11.24)

横倉の風景 (沼隈町)

福山市の南に存在する沼隈町は福山通勤圏に含まれ、海沿いの町というイメージが強い。しかしこの横倉地区には、狭い谷間に石垣積みの印象的な集落が点在している。この石積は江戸期に遡る遺構であり、一部に茅葺の民家も残る。
 ここは平家の落人伝説が残るところで、一説によると、平通盛(清盛の甥)が屋島の合戦に破れた際、局や一族がここに落延びたといわれる。馬の鞍が横に傾いた為横倉、その他、鐙峠、的場などの地名が残されている。この集落の入口にその旨を示した案内板があるが、定かではない。

 
(03.01.04 
「横倉の石垣集落」から転載)



甲奴の風景 (甲奴町)

甲奴町は上下町の西に接し、上下同様石見からの古い街道沿いに面しており、大森の銀もしきりに通過するところであった。
ただし、天領であった上下とは異なって宿場としては小規模だったようだ。現在展開する中心街には、所々に明治から昭和初期にかけての建築と思われる町家風建築が散見される。

(16.10.16)


江波の風景 (広島市中区)



江波地区はかつては江波島と呼ばれる島の漁村集落だった。現在もかつて気象台のあった江波山にその痕跡を残す。江戸末期には城下の外港としての役割もあったという。
市街中心部では貴重な古い家屋を残す地区である。近年、湾岸沿いに自動車道が整備され、街区の北側は古い姿が失われてしまったが、江波山の東側には、わずかながら伝統的な建物、土蔵などが残り、寺社もあり古い集落であることを伝える。

(16.12.25)

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