出羽島の郷愁風景

徳島県牟岐町【漁村】 地図
 町並度 6 非俗化度 8 −政策による移住から始まった島の漁村−
 


 牟岐町の港から沖に小さな島が見える。この出羽島は岸から近いとは言いながら外海にじかに面しているため、風波の影響を受けやすいところである。
 港から10分余りで小さな港に着く。集落はその入江の周囲に小さくまとまっている。

 
港のある小さな湾に沿い展開する出羽島集落





 訪ねたのは盛夏の頃で、港の入口付近では地元の人々が思い思いに海水浴をしている姿も見える。穏やかな風景である。しかし、港に沿い環状に開ける集落の外側は頑強な護岸が築造され、台風さらに津波にも備えた構造なのだろう。
 外海から守られた集落内は非常に長閑な雰囲気に占められていた。自動車が一台もない島で、その代りに目立つのが手押し車である。それも市販のものではなく木製の手作りと思われ、それが青や緑など思い思いの色に塗られ、軒下などに置かれている。町に買物に出た時など、これを使うのだろうか。島内の移動といっても距離が僅かであるので、それで十分なのだろう。自転車すら数が少なかった。
 家々は高い木質感とブッチョウ(床几)などこの地区に特徴のある姿が見られる。但し、伝統的な建物の割合はそれほど高くないように感じた。家屋そのものよりも島の集落らしい時間が止ったような空気感そのものが特徴といえよう。
 この出羽島は、江戸時代に藩の命令により、本土側の牟岐浦からの計画的な移住政策により漁村が形成された。漁船や漁網、漁具などの貸与を条件に移住者を募ったが、なかなか上手く希望者が集まらず、その後免税の特典を追加したことにより徐々に増えていった。嘉永元(1848)年には50軒の移住者が記録されている。出羽島への移住の目的は漁業の拡充と沿岸警備の強化にあったといわれる。
 歩いて一巡しても10分余りの小さな集落である。見たところ目立った商店もなく、住民は本土側に買出しに向うのだろうか。しかし離島では看板を全く掲げず商売する商店がしばしば見られるので、或いは生活に必要な物資は島内で賄えるのかもしれない。
 港の入江の一番奥の位置、少し高いところに寺があり、そこからは集落全体、対岸の牟岐の町を見渡すことができる。山側を見ると斜面が階段状になっている。零細ながら畑作も行われる半農半漁の島なのだろう。
 






集落の外海側は土地が高くなり 石段の路地が幾本も櫛型に分かれている

 

訪問日:2007.08.14 TOP 町並INDEX