深谷の郷愁風景

埼玉県深谷市<宿場町> 地図 
町並度 5 非俗化度 7 −随所に用いられた煉瓦が印象的な町並− 
 





 田所町の滝沢酒造
 

 
高崎線深谷駅に降り立って印象的なのがレンガ造りの駅舎だ。跨線橋の上に建てられているので現代になって造られたものであることはわかるが、どこかで見覚えがある建築物である。そう東京駅だ。というのも東京駅の煉瓦はここで生産されたものなのだという。日本銀行や赤坂離宮など著名な建築物も深谷産の煉瓦が用いられている。
 中世には城も構えられていたという当地だが、本格的に町が発達したのは中山道の宿駅制度が確立され、ここが熊谷宿と本庄宿との間の宿駅として整えられて以後である。旅籠の数は多く80軒を数えた大きな宿場街であった。本庄宿や上州南端の倉賀野宿などと同様に飯盛女の数がきわめて多く、特に深谷では宿外にまで客引が行われ旅人は迷惑していたそうである。それはここから寄居方面への街路が分岐しており、人や物資が集結したことや、利根川の河岸もあって商人が多かったことも影響していたことだろう。有名な近江商人の中には、中山道を辿って行商中にここに自然と土着して地元の有力商人となったものも少なくないという。
 旧中山道駅を起点に西側から辿ると、まず田所町界隈に圧倒的な存在感を覚える滝沢酒造が、煉瓦製の煙突と重厚な屋根を持つ主屋、そして土蔵を見せている。文久3(1863)年創業の老舗で清酒「菊泉」を醸造している。造り酒屋はその伝統的な構えをもって古い町並の景観に寄与することが多く、この滝沢酒造は典型例だ。
 滝沢酒造付近から深谷町、仲町、そして小さな流れを挟んだ稲荷町付近にかけて古い町の面影が残る。切妻平入りの町家や、漆喰に塗り回された土蔵、また洋風建築の店舗などである。中でも特徴的なのがやはり煉瓦を取りいれた建築が多いことで、妻部に堂々とうだつのように壁を立ち上げているものもある。煉瓦の町深谷らしい町の風景である。
 深谷の煉瓦は明治の実業家渋沢栄一氏が日本煉瓦製造会社を設立したことに端を発するもので、氏は500にも及ぶ企業を設立し近代経済に大きな功績を残した。氏の活躍無しに今の深谷の風景はなかったことだろう。

 




深谷の町並




本住町の町並 この町家建築は妻部が全て煉瓦であり その上街路に向けてうだつのような壁が見られる 稲荷町の町並

訪問日:2008.10.11 TOP 町並INDEX