法隆寺門前の郷愁風景

奈良県斑鳩町<門前町> 地図
 
町並度 5 非俗化度 6 −観光客を尻目にひっそりと残る門前の町並−









西里(法隆寺西一丁目)の町並
 

わが国でも指折の著名な寺院といえる法隆寺。聖徳太子ゆかりの古い歴史を有するこの寺の周囲にも独特の門前風景が展開している。
 特に顕著なのが寺の西側に接する地区で西里と呼ばれる。細い路地が展開し、土塀に囲われた伝統的な建物が密集している。重要文化財に接する地区であることで現代的な開発はこれまで全くといってよいほど行われていないことから、法隆寺の門前街が古式そのままに佇まいを留めており、貴重な風景が展開している。
 この西里地区は一言で言えば大工集団の集落だ。伏見城をはじめ江戸城の大修理に携わった中井大和守政正清はここの出身といわれ、多くの大工を部下に従えて集落を形成して近畿一円の大工を支配した。むろん法隆寺の改修や修繕などは全て西里の大工が担当している。正清が京に移住した後もここは大工・棟梁の町として息づき、寺院のみならず一般家屋をも手掛けるようになり、西里の知名度は増していった。
 又一方で法隆寺の門前町は河内とを結ぶ街道沿いに位置していたこともあり、町年寄をはじめ重要な機関が門前町に置かれた。町場も発達し、材木屋や煙草屋、酒屋などの商人も多数存在していた。
 一般に門前町というと仏具屋街や土産物屋街、僧坊の宿泊施設などが想起されるが、法隆寺の門前はそのような雰囲気がない。もっとも門前から一直線に連なる観光客の往来する界隈は飲食店や土産物を売る店が連なっているが、それらは近代的な外観だ。伝統的な佇まいはその裏側にひっそりと残っており、法隆寺を訪ねる多くの客はそれを眼にすることはない。それが逆に静かな町並風景を保っているともいえる。
 先に触れた西里地区の他に、門前の東側には商家の家並が静かに残る。長屋門を持つ厳かな屋敷の姿も残されていた。出格子や虫籠窓を残したそれらの町家群は、奈良街道沿いの往来と法隆寺参拝客が一体となった賑わいの残影といえるものだろう。
 




法隆寺二丁目の町並



法隆寺境内の風景
訪問日:2010.03.28 TOP 町並INDEX