日向前田の郷愁風景

宮崎県高崎町<武家町> 地図  <都城市>
 
町並度 3 非俗化度 8  −霧島連山を望む麓集落−


 宮崎県南西部の地勢は霧島連峰の東から北を取り巻くように比較的平坦な盆地や丘陵地となっており、農林業が盛んな一帯である。
 旧日向国でもこの諸県地方など南西部は薩摩藩直轄地であり、町並や集落にもその歴史的影響が感じられる地域である。









 

 前田の地名は、霧島山系の伏流水がこのあたりに豊富に湧出し、古代から水田が発達したこと、高天原の神々の食する稲田が設けられていたことから「前から開けていた田」の意味といわれている。以前は麓とも呼ばれた。麓集落はこれまた薩摩藩独特の制度で、鹿児島城の外城として各地にこれを置き、郷士を配備して防衛させたものである。
 明治の中頃に高崎村の発足で、役場が大牟田地区に設置されるまでは数百年にわたり、政治、行政の中心地であった。
 国道221号線の北側、吉都線の駅前を通る旧道はそのまま藩政時代からの町の中心部である。家々は改築されているが、随所に麓集落であった頃の名残が感じられる。最も色濃く伝わって来るのは端正な石垣・生垣である。石垣も年季が入って古錆び、歴史をはらんだ集落であるのがわかる。
 ただ、郷士の建物は基本的に簡素であったため、その外郭の残影のみで、濃厚に古い町並としての風情が感じられるという状態ではなかった。
 

参照:http://www.qsr.mlit.go.jp/miyazaki/html/kasen/iware/main/ma.htm

訪問日:2014.01.02 TOP 町並INDEX