松崎の郷愁風景

静岡県松崎町【港町・漁村】 地図
 町並度 5 非俗化度 6 
−伊豆半島南部を象徴する海鼠壁の家々 鰹節産出で栄えた港町−



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松崎の町並 右は旅館・山光荘


 松崎町は伊豆半島南西部に開ける町で、大規模な観光地がないという点では伊豆の中ではやや地味な印象である。しかし伊豆らしく各所で温泉が湧き、洋風校舎の旧岩科学校、漆喰芸術家入江長八の美術館がよく知られるところである。海水浴場や釣の名所もあり、また柑橘類、ワサビなどの生産も行われている。
 入江に開けた小さな町であったが、江戸時代にはごく一時期上総国関宿藩領であった以外はほぼ全期間、幕府の直轄領に指定され、江戸とのつながりは濃いものがあった。中でも鰹節の生産が盛んであり、19世紀前半の文政年間の「諸国鰹節番付表」では東前頭十六枚目に格付けされている。小さな町ながら立派な関取だったわけだ。鰹漁をするからには近海用の小船では間に合わず、本格的な漁船を有していたのだろう。その頃の記録では300石積以上の大型廻船が七艘あり、鰹節をはじめとする魚介類のほか木炭や薪、石材などが江戸へ運び込まれていった。その他水揚された魚を沼津や清水などに運ぶ小橋船とよばれる船もあった。
 この付近の海岸線は険しい山地が駿河湾に没しているため、陸路も大きく発達していなかった。現在の松崎町内には海岸を辿る道のほか、南部の海岸が余りに険しいため、岩科から谷を遡って峠を越す道も用いられた。遠距離の往来には専ら船が利用されていた。 
 そのように秘境のような土地だったかつての松崎村も、現在では不便とはいいながらも半島の入口である三島からも2時間足らずで到着することができる。ただし東海岸と比べると、観光地化の度合が低いこともあり素朴な町並が随所に残されていた。
 最大の特徴は海鼠壁の多用された家屋である。海鼠壁は一部の地域を除き、ほぼ全国的に用いられる漆喰による標準的な壁の仕上げ方だが、大抵は土蔵の腰まわりや、二階部分に装飾的に見られるなど限定的な用いられ方が普通である。然るにここでは壁面全体に海鼠壁が施された例が多数見られる。主屋とならんだ土蔵が、全て海鼠壁で覆われている風景もみられ、異様とまではいわずとも強烈な印象を訪ねるものに抱かせる。伊豆半島の南部にはこのような建物が目立つ。かつて津波の被害に遭った際、その対策として多用されたという説もある。




 町を歩くと今でも海鼠壁を修繕している初老の方を見かけた。入江長八の技が今でも受継がれ、海鼠壁・漆喰の町として特徴ある町づくりが行われているのを感じる。伝統的な古い家並が連続するというのとは少し違うが、この海鼠壁が多用された家屋群を見て廻るだけでも訪ねる価値はある。







※2022.04再訪問時撮影

訪問日:2007.05.27
2022.04.10再訪問
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