出羽の郷愁風景

島根県瑞穂町【商業町】 地図 (邑南町)
 
町並度 3 非俗化度 9 −牛馬市で栄えた山間の町−



 
 出羽(いずわ)地区は島根県石見地方の山間部に開け、周囲は狭いながらも盆地状の平地が広がり、穀倉地帯となっている。出羽川を挟んで南北に、かつての中心街が連なっている。
出羽(三日市)の町並




出羽(三日市)の町並 出羽(八日市)の町並


 江戸期は浜田藩領で出羽村には代官所が置かれ、一時は幕府領(大森代官所支配地)ともなった。現在の出羽橋附近で大森銀山や浜田、さらに南に峠を越えて安芸吉田方面への街道が、ここで要をなしていた。代官所は政治の場となり、また形成された町場は経済活動が盛んで、三日市・八日市という別称もあるように古くから市場の賑わいがあった。特に有名だったのが牛馬市であった。もともと家畜産業の盛んだった中国山地一帯で、大山などとともに三大牛馬市と呼ばれた。明治時代の最盛期の頃は一度に数千頭の牛や馬が取引されていたとの記録がある。街道が集う要所として、各地からの人々の往来も多く賑やかな町場が形成されていたのだろう。
 中国山地は全国的にも最も過疎化著しい地域で、近現代に至るまで賑わいを呈していた実績があっても、それが今に引継がれている例は少ない。出羽川を貫いて形成されていたらしい町場は、左岸側の三日市地区で僅かながら商店が存在しているものの、右岸側は家並自体もやや歯抜け状態になっていた。石州独特の赤瓦に統一され、中二階の古い形式の町家建築も一部で残る。古い町であることは判然とするのだが、ここが多いに栄えていたとは知識がなければ俄かには信じがたいほどである。
 町を二分する出羽川には江戸期までは土橋がかかっており、洪水時や架けかえの際には浜田藩の出先機関であった出羽組により修繕・維持活動が行われていた。
 訪ねた時この橋は丁度架け替え工事の最中で、真新しいコンクリート橋へと生まれ変わりつつあった。


出羽(八日市)の町並


訪問日:2007.11.03 TOP 町並INDEX