文化財の建物

-小川家住宅(二條陣屋)

(京都市中京区)

 
 

小川家住宅 通りに面した部分は塀に囲われている
 

 
 
 二條陣屋と呼ばれるこの旧小川家住宅は二条城の南側、御池通から少し下った通りに面しており、「公事宿」を営んだ家として知られる。
江戸末期頃には両替商なども兼業し、明治になって廃藩置県が実施されると公事宿は役割を終え、以後は一般の宿屋として営業を続けた。今の建物は嘉永2(1849)年、大火後に再建されたものである。なお陣屋と呼ばれているがその役割はなく、一般公開にあたり当家が命名したものである。
 公事宿とは聞きなれない語句だが、江戸時代には近くに町奉行があり、そこで裁判が行われる際に訴訟人を預かり、訴訟人に代り訴状を作成し、奉行所からの差紙という呼び出し状を届けた。宿泊者は裁判のために上洛しており、宿泊中身の危険を感じる者も多く奇襲を受けることもあった。そこで客を守りかくまうための様々な工夫・カラクリが隠されていた。客を手助けをする立場にあった主人を守るためでもあった。
 カラクリは写真ではなかなか表現できないが、屋根裏に見張り人を張り込ませて座敷の様子を覗けるようにしてある構造があちこちに見られた。屋根裏を自由に動くことが出来、いざとなると座敷に飛び降りて敵を取り押さえることができる。また階段上にある隠し部屋(避難部屋)など、思わぬところに敵から逃れる工夫が施されていた。
   




 



 
館内点景 座敷の意匠もかなり立派だ 
 


見張り窓(天井板を開けた状態)


 
ここにも見張り窓が(画像左上の三角形部分) 


 
 
中でも見所といえるのは天井裏に仕組まれている隠し階段だろう。 
 (写真1)隠し階段が収納されている箇所で急に天井が低くなり、頭を低くして通過するしかなく、まさかここに階段が組み込まれているとは思えない。
 (写真2)階段を降ろし設置した様子
 (写真3)一階より見る二階の部屋
 (写真4)階段を昇ったところ
 

(写真1)

(写真2)
 
(写真3)

(写真4)
 




色々工夫の凝らされた風呂場 


 館内にはそれ以外にも見所が多数ある。風呂場は外で沸かした湯を壁の注ぎ口から箱樋で流し込むと、炭釜が置かれた保温槽とを湯が往き来する構造となっており適温が保たれるようになっている。なにより座敷の数が多く、襖や欄間、床の間などの意匠が凝っている。京都の商家建物らしく通りから見るよりかなり奥行深く、豪勢な構えという印象だ。
 見学には申し込みが必要で定員があり、係員の案内を受けて行う。自由に見せていただきたいという向きもあるが、この建物に関しては案内がないと判らないもの、見落とすものが余りに多く、定員専属案内制とするのが正解と感じた。





 


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