鍛冶屋の郷愁風景

滋賀県浅井町<産業町> 地図 <長浜市>
 
町並度 5 非俗化度 9 −中世より鍛冶職人が集結していた集落−



 


 
鍛冶屋の町並 


 


 鍛冶屋地区は湖北地方の山懐に展開する小さな集落だ。美濃との国境をなす伊吹山地の前衛にも幾つかの山々の連なりがあり、北陸本線や北陸自動車道などの通過する地域とは山一つ隔たった位置にある。草野川沿いに細いながらも開けた谷であり、陰鬱感はない。谷間の道は一説によると関ヶ原の役後に石田三成が敗走した道とも呼ばれている。
 風変わりな地名はそのまま歴史を表しており、室町期頃より鍛冶職人が多く住む土地であった。戦国武将もここで造られたものをよく使っていたという。記録に残るところでは、天正12(1584)年の免許状によると、羽柴秀吉がこの地の夫役を免除している。特に「草野槍」と呼ばれた槍が珍重されていた。
 鍛冶による武器製造が不要になって以後は主に農具などのいわゆる野鍛冶に形を変え、明治でも100軒を下らない鍛冶屋があったという。現在も鍛冶を行うのは1軒のみとなっており、鍛冶打ち体験も行える施設ともなっている。
 集落は小さく、街道集落的に連なるが10分も歩かない内に端から端まで達する。川の流れに沿い街路も緩やかな曲線を描いており、次に現れる町並への期待感を抱かせる。その中で印象的な風景としては煙突が見え複数の土蔵を従えた屋敷だろうか。湖北の山沿いということで、妻部の真壁などは北陸地方との共通点を感じ、一般的な近江の町並風景とは異なる様相を示している。
 幹線交通に面さず奥まった位置にあることからも、人知れず密かに残る集落風景といった風情である。
 
 



 
 

 

 


訪問日:2021.03.29 TOP 町並INDEX