上狛の郷愁風景

京都府山城町【農村集落】  地図
 
町並度 5 非俗化度 7 -現在に残る環濠集落-



上狛の町並
京都府の南部、木津川右岸に上狛の地名が見える。この辺りに奈良街道の上狛の渡しがあったといわれ、それは現在国道24号線の泉大橋のやや下流側にあったという。
 上狛は環濠集落として割合知られている。奈良興福寺領の狛野荘が地名の起源とされ、中心集落を大里といい、中世には村と田畑とを濠で仕切って内部を村落とし、現在に残る町割の原型が形作られたのだという。
 
















 集落は土着の武士であった狛氏の居館を中心に、垣内と呼ばれる単位で共同生活を営んでいたとされ、今でも角垣内・磯垣内などという通称名が生きているという。
 奈良線の上狛駅から西に進むと、その北側、国道24号線にぶつかる辺りにその遺構が現在でも残り、貴重な文化遺産といえる。国道に近い西側は環濠が石垣に限られた水路として、現在でもその姿を明確に残しており、農業用水や緊急時の水利に役立っていたといわれる。
 集落内は細い路地が支配し車は容易に進入できない。何しろ中世に計画された町だからもとより自動車などの通行など念頭においている筈がない。家々は土蔵を中心とし板壁に縁取られた外観が特徴的で、中には立派な長屋門を構えた屋敷もあった。農村集落としての特徴ある風景で、「特に山城狛の辺り多く瓜を種えて京師(京都)に売る。此外の茄子、角豆等の物も亦多くこの所より出る」などと当時の記録にあり、農業を生業としてきた村といえよう。
環濠の外側から集落を見る

訪問日:2007.01.02 TOP 町並INDEX