加世田の郷愁風景

鹿児島県加世田市<武家町> 地図 <南さつま市>
 
町並度 6 非俗化度 8  −北上川右岸の要害の地−




加世田麓町の町並




 加世田は薩摩半島の南西部、西は東シナ海に面するが市街中心は少し内陸に入った位置にある。
 市役所の南側、川と小高い丘に挟まれた地区は麓町と呼ばれ、それは薩摩藩時代に外城が置かれていたことに由来している。丘の上には中世に築城された別府城跡がある。城主別府氏は長きにわたって居城し、地域の支配に尽力した。
 鹿児島藩は薩摩をはじめ大隅、日向の南部に至る地域を管轄し、各地に外城と呼ばれる拠点を置いていた。地頭を配置して土地土地の支配、外部に対する防衛機能を具備し軍事的な意味合いの強いものであった。
 この加世田においても例外でなく、旧別府城の丘を取り囲むように武家集落が配備され、居住する武家は250戸ともいわれる。但し、薩摩半島南部の辺地といえる位置にあって、武家の生活は貧しいものであったようで、境遇は農民とさして変わらぬものであった。そのため幕末近くには大規模な一揆も勃発している。一部には鍛冶や大工、染物などの産業を手がける者もあったが、大半は無禄の貧しい武士であった。



加世田武田の町並




加世田武田の町並

 
 別府城跡の丘を囲んで趣ある町並風景が展開している。東側の麓地区には端正に整えられた植込みや石垣に縁どられた小路が展開し、所々に厳かな門が見える。建家は質素な場合が多い武家にあって、家屋は現代的な造りになっているものがほとんどであるが、それらに眼をつぶれば麓集落であった頃を感じさせるに十分なものがある。
 丘の北側から西側にかけての武田地区にも広範囲に旧武家集落が展開しており、ほとんど保存の手が加えられている様子はないものの、近隣にあり有名な知覧をも想起させられるような町並風景が展開していた。
 所々にささやかな案内板はあるが、もう少し地元が意識して体裁を整え、知られてもいい町と思う。
 


訪問日:2013.01.04 TOP 町並INDEX