勝沼の郷愁風景

山梨県勝沼町【宿場町・産業町】 地図  <甲州市>
 
町並度 5 非俗化度 6 
−甲州街道甲府盆地最東端部の宿駅 ブドウ栽培及びワイン製造も古い歴史を持つ−




 
勝沼の町並
 
 
 勝沼は甲府盆地の東縁、日照時間の長い斜面が広大に開けることからブドウ栽培、ワイン生産で余りにも有名なところだ。市街地の周辺には数多くの醸造所が立地し、ブドウ狩やワイナリー巡りなどの訪問客が多い。
 中世は武田氏系の勝沼氏が支配し、江戸期は幕府領(天領)であった。ここには甲州街道が東西に貫き、勝沼宿が成立し甲府盆地の東を限る位置にあったことから物資の集散地として、地域の政治的要ともなった。本陣1・脇本陣2を定め20余りの旅籠が存在していたという。その他酒屋や塩問屋、雑貨屋など多くの商人も軒を並べた。
 周囲の農山村から農産物等も集結し、また定期的な市も開かれていたようで、宿場町としてのみならず在郷商業町としても大きく発達した。周囲の農産地は豊かな土壌に恵まれ穀類や野菜、木綿、煙草などが栽培され、さらにブドウを筆頭に梨や柿など果物も当時から多く生産されていた。幕府の献上物としてもブドウが指定されるほどで、江戸の市場にも神田の青物市場などで取引されていた。
 甲州街道の幹線交通としての役割は明治後期に国鉄中央本線の塩山駅が出来た辺りから急速に薄らぎ、以後はフランスなどの技師などを招き、ワイン醸造などブドウの加工産業が全国を先駆けて発達した。
 旧勝沼宿の町並は西から東へ緩やかな坂に沿って、伝統的な商家建築、土蔵が残り、東端付近では一部連続した古い町並も残っている。中でも目を引くのが洋館の旧田中銀行である。洋風の外観であるが、和風の内装も見られ、そのアンバランスさが見ものであり、また滑稽だ。付近には珍しい三階建の土蔵があり、養蚕が盛んだったこの地区の様子を物語るものになっている。漆喰が剥がれ落ちるなど痛みが激しいが、NPO法人により保存予定とのこと、外観の健全性を取り戻す日を待ちたい。
 なお、この地区は現在は甲州市という非常に曖昧な自治体名となっており、勝沼の名をなぜ踏襲しなかったのか、簡単に抹消してしまうことの後悔はなかったのかと思う。これはここに限ったことではないが、歴史ある誇り高い地名を捨ててしまうのはどうかというところである。
 




旧田中銀行





訪問日:2015.05.02 TOP 町並INDEX