木浦鉱山の郷愁風景

大分県宇目町【産業町】 地図 <佐伯市>
 
町並度 5 非俗化度 7
 
−奥深い山中に突如展開する鉱山町 四大銀山の一つとして繁栄した−


木浦鉱山の町並 旅館や商家の名残が見られる
 大分県の南端部、宮崎県境に接する山間に木浦鉱山集落はある。流域的には延岡市に流れ下る北川の水系となる。
 集落名が示すようにここは鉱山を中心に発展したところだ。奈良時代には早くも注目され、水晶や錫が採掘されている。江戸時代になると岡藩領となり、慶長12(1607)年には鉛を幕府に献上したとの記録もある。銀や銅・鉛などが産出され、藩の保護のもと労働者の家族には1日男5合、女4号の扶持米が支給されていた。多くの種類の鉱石を産するこの一帯は藩が半ば隠し金山的に管理し、周囲の村々とも隔離されていたといわれる。
 最盛期には60余の鉱山を有し関連する労働者も1000人を数えたという。町場が形成され、また遊郭も存在していたといわれる。町はずれに女郎墓などの史跡があることからもそれが証明される。労働者たちの賑わい活気のある集落であったが、落盤事故なども多発し多くの犠牲者も出している。
 明治以降も採掘が続けられ、戦前には錫鉱石の採掘が最盛期を迎えたが、戦後完全に終止符がうたれている。











 支流の谷の最も奥まった位置、枝沢が合流する地点に開けたわずかな平地に集落が開けている。支流の右岸側と枝沢の方向へのL字型が現在家並が連なっている地域で、かつては労働者の住宅その他が密集していたのだろうが、現在は閑散とした印象を抱く。しかし所々にみられる元旅館の建物、商家風の建物など山奥の集落としては異質なものを感じさせる。
 一方下見板貼りの洋風の外観を持つ建物が廃屋となっていたりするのを目にすると、すっかりさびれてしまったのだと寂しくまたある意味厳粛な気分になる。
 なお、近年になって集落の東方でエメリー鉱という貴重な鉱石が発見され、現在でも採掘がおこなわれている。
  



訪問日:2011.04.30 TOP 町並INDEX