河内の郷愁風景

広島県河内町【商業町】 地図
 
町並度 3 非俗化度 9 −近隣の農産物・日用品の集散地として賑った−






河内の町並


 河内町は広島空港が市街地から移転してきてからは空港に隣接する町となったが、町自体には拠点性は低く中心街を歩いても田舎町の雰囲気だ。
 三原市に注ぐ沼田川の中流域で、ここで支流の入野川・椋梨川を合し、その合流点付近が古くから開けた市街地である。江戸時代までは農林業を主体とし細々と生活が営まれていたようだが、賑わいを見せたのは明治27年に後の山陽本線となる山陽鉄道が開通した時からである。河内には駅が設置され、位置的に賀茂郡北東部と世羅郡域の交通上の要の位置にも当っていたため、農産物や木材、そして日用品などの集散地となり、駅を中心とした市街地が本格的に造られた。当時、鉄道の駅が設けられることは現在とは比較にならないほど重要度の高いものであり、近隣から学校などの文化施設も移転してくるほどであった。
 また大正後期になると林業者などのための遊興施設も出来、河内芸妓置屋株式会社という法人組織もあらわれている。最盛期、30から40名もの芸妓を置くほどの賑わいだったのだという。
 現在の町の中心からはそうした繁栄振りは偲ぶよすがもない。脇道に入ると木製の手摺を設けた古い家が見られたりするのは、置屋の名残なのか。この付近は賀茂台地の東外れであるが、台地上の地域に特徴的な赤褐色の瓦がここでも多くを占めていた。町として賑ったのが明治後期以降なので中二階の造りなどは見られず、多くがかつて商売をしていたらしく1階部が開放的になっている姿であった。
 
 






造り酒屋も残る


訪問日:2008.02.24 TOP 町並INDEX