小松の郷愁風景

石川県小松市【城下町・商業町】 地図
 
町並度 6 非俗化度 6  −城下町を基盤に古くから都市的発達を遂げた−





 加賀藩三代藩主の前田利常は、寛永16(1639)年に富山藩と大聖寺藩を分立し、幕府の許可を得て翌年小松城に入城した。当時は既に一国一城令下にあり異例のことであったが、城の周囲に武家屋敷街を配し、寺も移設して城下町を整備した。

龍助町の町並





龍助町の町並
 

 
 北陸街道沿いでもあり宿駅的機能を有したほか、門前町、能美郡の物資集散地として在郷町が発達、天明5(1785)年の記録では町家1883軒、人口8971人を擁するほどになった。街道沿いを中心に各種商家が建ち並び、当時から既に都会ともいえる町場の賑わいだったに違いない。
 現代に入ると機械工業と繊維産業が発達し、加賀地方中南部の拠点都市としてさらに発展した。
 古い街区は駅の西側一帯で、昭和戦前に二度にわたり大火があり、1700戸ほどが焼失している。現在残る建物は基本的にそれ以後のものであろう。しかし商家や町家を思わせる格式を感じる建物が多く見られ、しかも面的に広範囲に展開しているのが特徴である。その中で
 2011年の初回訪問時には松任町、材木町付近の北側一帯、再訪時には龍助町、大文字町など南側を中心に訪ねており、再訪時は北部を歩かなかったために余り前回探訪時の記憶と重ならなかった。そのため初回時の画像も併せて掲載するが、それだけ広範囲に古い町並が展開している。
 市は独自に「小松町家バンク」という制度を立ちあげており、多くの伝統的建物が認識・認定されている。特に龍助町付近では電線の埋設などの事業も行われ、家々の連続性も高く町並としての風情が際立っている。切妻平入で統一された家並は昭和に入って一時期に建て替えられたことで二階の立ち上がりの高い統一感のある家並であり、現在も店舗として営業を続けられている姿も多く目につく。意匠としては軒下の幕掛け(幕板)、袖壁などが見られ、中には金沢で見られるような屋根裏の構造を持つものもあった。
 龍助町の西裏の通りである大文字町界隈では料亭の建物が幾つか見られ、表通りとは異なる風情がまた特徴を感じさせる。駅に近い区域に展開するアーケード商店街にも格子を持つ町家建築が見られることから、古くから相当な規模の町並の広がりがあったことを示している。重伝建級というというには建物群の年代がやや新しいが、展開する規模や歴史性の高さから、それに準じるものは充分ある町並といえるだろう。




材木町の町並(2011.01撮影)




大文字町の町並
 



 
 寺町の町並 三日市町の町並(アーケード内に残る旧家) 

注記の画像以外は2025.10再訪問時撮影

訪問日:2011.01.01
2025.10.20再訪問
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