久美浜の郷愁風景

京都府久美浜町<港町・陣屋町> 地図
 町並度 6 非俗化度 7 −廻船業で栄え県都ともなった歴史を持つ町−
 





 




 

 久美浜町は府の北西端、日本海岸の町である。湾口のきわめて狭い潟湖のような久美浜湾は穏やかな水面を見せ、古くから天然の良港として重宝されてきた。冬期を中心に海の荒れることの多い日本海沿岸にとっては港が発達する必然性を当初から秘めていたところといえよう。
 江戸の初期には既に小西家など海運業者が台頭してきていて、その他四軒の回漕業者を含め五軒屋と呼ばれた業者たちが廻船業を営んで久美浜の富の中心となった。鎖国政策以前は朝鮮や満州との貿易を行い、その後は西廻り航路を利用して沿岸貿易に従事した。越後直江津から大坂までをその商業活動範囲とし、中には周防三田尻(現山口県防府市)に塩田を構えて会津との塩の取引を行う業者もあった。
 藩政時代のほとんどを幕府直轄領(天領)として経過し、当初は但馬の生野に代官所が置かれてその支配下に置かれたが、18世紀半ばの享保期に久美浜に移されている。陣屋を中心に町場立てが進み、港町として大きな経済基盤があったことから商業も急速に発達し町は繁栄した。土井・中町・十楽と呼ばれたその中心地には地主や大商人が居を構え、十楽を中心に諸職人も多く住まう地となった。
 幕末から明治初年にかけて久美浜県が設立され、その後豊岡県を経て京都府に編入されたのだが、このこともここが政治・経済的な中心だったことを証明する歴史である。
 地元は町並の貴重さを十分認識されており、既に「久美浜一区街なみ環境整備事業」として国土交通省の補助を受け整備が進められている。多くは歩道や橋梁の整備補修、ポケットパークの設置など土木分野での事業であるが、建物の方も古い町並として保存するに値する質・量を保持している。豪商を思わせる間口の広い旧家をはじめ、中小の商人に由来する伝統的な建物も多く残る。また旅館も多かったようで、現在でも木造3階の堂々たる外観を見せるものもあった。
 天の橋立、城崎温泉、出石など近隣には多くの訪問客のある観光地が控えており、活性化の余地は十分残されている。但し団体客におもねるような施設を造ってしまうと、土地の個性が埋没してしまう。その辺りの出し入れは非常に難しいものがあるが、町の取組が立ち行かず頓挫してしまうよりはある程度の知名度アップを図るのも良いのではないかと思った。その価値のある町並であり歴史である。
 
 
訪問日:2012.04.30 TOP 町並INDEX