葛生の郷愁風景

栃木県葛生町<産業町> 地図  <佐野市>
 
町並度 5 非俗化度 7  −江戸期から石灰生産で栄えたところ−




 葛生の町並


 県の南西部、佐野市街地の北約10kmのところに葛生の町があり、館林からの支線である東武鉄道佐野線の終着駅ともなっている。
 沿線の中心佐野市は渡良瀬川の河岸を仲立として大柄な商家が見られる商業都市だが、この葛生の町も比較的大きな広がりをみせ、山が近づき佐野の奥座敷といったような印象だ。ただ中世には佐野荘が置かれていたが、江戸期以降特に城下町や政治の中心となっていたわけではないようである。
 この町の発展は石灰産業によるところが大きい。発見されたのは慶長年間といわれ、江戸城の修復や東照宮の造営にも御用灰として用いられたという。各地へ売りさばく許可を得て販路を拡大し、商産業町として江戸中期には揺るぎない地位を築いた。
 明治に入って生産が爆発的に向上し、渡良瀬川の河岸まで馬車などで運搬されていたが、やがて馬車鉄道となり、これが現在の東武鉄道佐野線の原型となった。石灰のみならず佐野北方の山間部農村部からの物資がこの鉄道を使って運ばれていった。葛生方面への帰り荷は石灰生産に使われる石炭などであった。
 市街地は佐野市街地の南で渡良瀬川に注ぐ秋山川の小段丘上に位置しており、駅から北に伸びる一本道がその中心で伝統的な建物もここを中心に南北に細長く見られる。その姿は土蔵を従えた商家の姿であり、石灰産業を中心とした産業町としてのひと時の発展、栄華の残影を偲ぶに余りある姿であった。但し、どうも人工的な気配が漂うのは、歩道のインターロッキング舗装や電線の埋設が行われ、修景されているからだろう。街路の両側に伝統的な家屋が見られるので拡幅されたわけではないだろうが、片側は曳き家でもされ保持されている姿をみるような錯覚に陥り、どうも落ち着かぬ町並探訪であった。良質な旧家が多いので価値ある古い町並であるとは思うのだが・・。









訪問日:2014.05.05 TOP 町並INDEX