番場の郷愁風景

滋賀県米原町<宿場町> 地図 <米原市>
 
町並度 4 非俗化度 8 −琵琶湖水運ともつながっていた中山道宿場町−
 







番場(西番場地区)の町並
 

 番場地区は米原駅の東2km弱の場所であるが、山地に囲まれた細い谷間のうら寂しいところである。中山道時代には本陣・脇本陣各1が指定されていた宿場であった。現在は街道のすぐそばを名神高速道路が通過しており、新旧幹線交通の余りに激しい対比が感じられる。
 宿としては鎌倉時代よりその機能があったといわれ、慶長8(1603)年に米原湊が開港するとここから米原道(深坂越)が開かれ、琵琶湖水運と結ばれた。この際に運輸の便を考慮して宿場を若干北東に移動させている。
 街道は明確に残り、両側に家々が並び現在もはっきりとした街道集落を形成している。南側の西番場と呼ばれるあたりが港直結以前の旧来の宿部分とされ、この付近から摺針峠に向け緩やかな坂となっている。宿駅時代にまで遡る旧家はないように見え、妻入り平入り混在の家並はある程度同時期に建てられたように感じる。詳細はわからないが火災等による更新があったのかもしれない。土蔵を従えたもの、入り母屋の見応えのある屋根を持つもの、一部には元茅葺と思われるものもあり、それらの佇まいからは宿場町というよりは農村集落といった雰囲気を濃く感じる。
 
東番場地区の県道との交差点に近い辺りに脇本陣跡、問屋場跡と刻まれた石碑がある。江戸期以降の番場宿はこの付近が中心だったのだろう。東に分岐する道を辿ると高速道の高架橋をくぐったところに立派な寺院があった。この蓮華寺を中心に蓮華寺村が存在し、上番場村・下番場村とならんで一部は中山道沿いに村域を持っていたが、明治8年に三村は合併し番場村となった。




番場(東番場地区)の町並

訪問日:2021.03.29 TOP 町並INDEX