静岡県舞阪町 <宿場町> 地図 <浜松市西区> 町並度 5 非俗化度 7 −今切の渡しを控えた東海道の宿駅− |
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舞阪は浜名湖の東岸、南は遠州灘に面している。国道1号や東海道本線の駅も設置され、旧東海道時代から交通の動脈上にあることは一貫している。 関ヶ原の役後に全国統一を果たした徳川家康は、東海道の宿駅整備に際して早期に舞坂に伝馬の朱印状を与え、宿駅機能を整備した。これは新居関所の開設、西には浜名湖の湾口・今切の渡なども控え街道の要衝でありまた難所でもあったからだろう。浜名湖は中世末期の地震や津波により外洋とつながり、汽水湖となったことで豊富な水産物に恵まれることとなった。 舞坂宿には渡船役場が置かれ、宿場町の規模は文久2(1862)年の記録によると総家数309軒のうち244軒が宿家数とされ、本陣2・脇本陣1・宿屋28・商家6のほかは百姓となっており、百姓の多くは漁業や渡船を副業としていた。特に海苔の養殖が盛んにおこなわれ、宿駅制度廃止後も重要な産業となった。以後も浜名湖漁業や鰹船など漁業を生業としたが、明治後期からは鰻の養殖が盛んになり、一時は全国に知られる一大産地となった。 旧東海道は国道や東海道本線よりは海側に道筋をそのまま残している。一見して他の道筋とは雰囲気が異なり、古い町であることがわかる。象徴的な建物が港に近い旧脇本陣である。解体修理(一部復元)されたものであるが、敷地の深い奥行、上段の間を頂点とした座敷群などが見られ、無料で見学できる。この付近から東側に家並が連なり、宿駅時代まで遡るものはないが連続性が高く、その点で街道集落らしいたたずまいを感じる。所々に出桁形式の商家建築が見られ、また或る建物は袖壁を有していたりと、東西日本の境界といった外観の家並であった。 国道を越えて東に向かうと、往時の松並木がそのまま残っており旧街道らしさを今に残していた。 |
![]() 舞阪の町並 |
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旧脇本陣の建物 上段の間などが再現されている | |
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町並の東外れに残る松並木 |
訪問日:2019.11.03 | TOP | 町並INDEX |
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