三河赤坂の郷愁風景

愛知県豊川市宿場町 地図 
 町並度 4 非俗化度 6  −貴重な旅籠建築が残る東海道の宿駅−



 
 赤坂は本陣3軒、旅籠60軒ほどを有していた東海道の本宿で、旅人の遊興の地として賑っていたという。今はひっそりとした街道沿いの町となっている。
 国道1号の南に旧道は明確に残され、面影を感じることが出来る。その主たるものは連続した町家というよりは、原型を保った旧旅籠の建物で、それが散在的に展開する。個の貴重性に恵まれたところである。
赤坂町紅里の町並
 
 代表的なものが屋号大橋屋の建物で、18世紀前半に建造されたという大変古いものである。鯉屋とも呼ばれ、間口九間、奥行二三間の堂々たる構えで、旅籠の中でも最大規模の大旅籠として位置づけられていた。今でも唯一旅館業を続けて居られ、東海道巡りをする人々や歴史愛好家などに良く利用されている。
 東隣の御油宿との間は極めて短く、「夏の月御油より出でて赤坂や」と芭蕉が夏の夜の短さになぞらえて詠んだほどだが、いずれも大変繁盛したところだったようだ。特に飯盛女が多く、遊興の場としても旅人の間で有名だったのだろう。
 町並は西に向って緩やかに上り勾配を示し、東端の関川辺りでカーブを描いている。その東は御油の松並木を経て御油宿に至る。町並として連続しているのはこの関川地区くらいで、その他は新しい建物に旧旅籠の建物が残っている程度である。しかしそれらの質はよく、大橋屋の他にも迫力を感じさせる旅籠建築が何棟か残っている。いずれも細かい格子が美しく保たれていた。
 




赤坂町紅里の旧旅籠・大橋屋 赤坂町紅里の町並




赤坂町関川の町並 赤坂町紅里の町並




訪問日:2010.01.02 TOP 町並INDEX