永井の郷愁風景

群馬県新治村<宿場町> 地図 <みなかみ町>
 
町並度 4 非俗化度 7 −越後との国境を控えた旧三国街道の宿駅−

 



 
旅籠時代の建物も残る永井地区の風景 
 

 利根川支流・赤谷川のさらに支流、西川の段丘上に展開する永井集落。新潟県との県境も近く、少し上流側には格式ある一軒宿で知られる法師温泉がある。
 平安期の寛治年間、奥州の安倍頼時の家臣がこの地に移り住み、長井と名づけたのが集落の歴史の始まりとされている。
 越後との国境三国峠を越える街路は旧来からあったが、上杉謙信が関東に兵を送るのにこの道を整備したといわれ、その後江戸に入って主要街道として利用された。元禄2年に問屋場の設置が命じられ、また本陣・脇本陣が指定され越後の諸大名が休泊した。一般の旅人を泊める旅籠も出来、高山で隔てられていた越後と関東との距離が縮まった。元文元(1736)年の記録では家屋29で人口161名を数えていた。 
 越後米の輸送にも大いに利用され、長井には米商いを行う家も多かったという。また明治以降も鉄道が開通するまでは往来が盛んで、荷を運ぶ馬方なども多く賑わった。なお明治23年に永井と改称されている。
 街道は永井の集落に入ると、高崎方から一直線の上りがしばらく続き、その後直角に折れ曲がったあたりに本陣と脇本陣が置かれていた。現在宿場町時代からの建物は多く残っていないが、一部屋号を示した古びた木製看板の見られる旧家も見られた。今でも民宿を営む家もあるなど、集落北部を中心に風情を感じる家並が見られた。伝統的な建物は、間口が広く二階部分が前面に突出したような構造のいわゆるせがい造りで、重厚な印象を受ける。軒下に立派な持送りを持つ家もあった。
 現在はひっそりとしており失われた建物も少なくないが、ここをかつて多くの旅人や荷が行き来してたことが想像できる佇まいであった。
 
 



 
   
 



 


訪問日:2025.06.01 TOP 町並INDEX