水口の郷愁風景

滋賀県甲賀市(旧水口町)<宿場町・城下町> 地図 
 
町並度 6 非俗化度 6 −城下町に源を発する東海道の宿駅−


 水口の町で歴史がより深いのは城下町としてであり、豊臣秀吉によって東海道上の軍事的要地として着目され、天正13(1585)年に水口城が築かれた。後に代った徳川氏により、今度は宿駅としてここが指定されている。
 城下町としての歴史は僅かな間だったが、宿場町としては幕末までの長きに亘って歴史を刻んできた。しかし城が構えられた地ということもあったのか、水口は甲賀郡の要として、明治以降も郡役所や裁判所が置かれ甲賀地域の中心とされている。近年の合併により発生した甲賀市の役所も、ここに置かれている。
 近江鉄道の水口石橋という駅の東口に、奇妙な三又に分岐する街路が見える。中央の細い道が旧東海道で、古い町並はこの道筋に沿って残っている。
 とはいってもこの旧道の行く手は商店街のアーケードに吸収され、伝統的な家屋は見られない。むしろ先の三叉路で分れた平行する二本の道の方に、平入りの渋い家屋がちらほらと眼につく。この脇道には東海道水口宿を案内する表示板も立てられているが、どうも古い町並とまでは連続していない風情である。




 
    元町の町並




本町の町並

 
 しかし、市街地の東部、野洲川の迫った元町界隈ではこの3本の細道は収斂していて、その付近には長く歩いてきた甲斐のある町並風景が残っていた。このあたりに本陣や脇本陣も置かれていたといわれ、宿駅の中心地区でもあったのだろう。このように近江鉄道の駅から元町にかけて紡錘状に3本の街路が古い建物を散在させながら並行し、それが再び合流するあたりで古い町並らしくなっている。1本にまとまった先でややカーブを描きながら坂道となっているあたりはいかにも街道町らしい。一方で平行する街路を貫く小路越しに、町家の面的な広がりが見渡せる風景もあった。

 古い町並として特別な保存活動は行われていないようだが、それが逆に好ましく感じられる。古びた銭湯、昔ながらの構えで営業されている店舗など、外部にあしらった色を感じさせない町並だ。ただ今後古い町並としての体裁を保っていくには、何らかの措置が必要だろう。それにはまず地元の方が古い町並と認識されることである。

  









元町 三本の街路の合流点付近の町並

訪問日:2006.10.09 TOP 町並INDEX