二戸の郷愁風景

岩手県二戸市<城下町・宿場町> 地図
 
町並度 4 非俗化度 7 −九戸城の城下町に発祥する奥州街道沿いの町−


 

福岡下中町の町並
 二戸は内陸北部の中心となる町で、北は青森県に接し八戸で太平洋に注ぐ馬淵川中流域にあたる。
 中世の糠部郡に属する地域は、主産物であった馬の牧場経営により区割が行われ、東西南北の4つの門と9つの戸に区分されていた。そのうち一・二・九の戸を持つ地名が岩手県内に位置している。


福岡中町の町並




福岡中町の町並




福岡五日町の町並

 
 中世には南部氏一族の九戸氏が支配するところで、市街地から馬淵川を挟んだ対岸に九戸城址がある。馬淵川を天然の濠としたこの城郭は上方の近世の城としての特徴も見られるのが特筆され、国史跡に指定されている。天正18(1590)年の秀吉による奥州再仕置(領土への関与)により福岡城と改称され、寛永16(1639)年に廃城となっている。二戸は戦後になって市町村合併を行った時に付された市名であり、もとは福岡と呼ばれていた。
 城下町としての町の基盤に、交通の要衝となったことで町場が本格的に発達した。奥州街道がこの地まで達し、またここから八戸へいたる八戸街道、鹿角街道へ連絡する浄法寺街道が分岐し宿駅も設置された。
 稲作に余り適さなかったこの地方では、産業は養蚕や木蝋、また大豆や稗、小麦などの畑作物で、畑作には欠かせない労働力であった馬の主産地としても賑わった。
 市街地は地域中心らしい広がりを見せ、市役所西の交差点を要に展開している。南北の通りは旧奥州街道で、あちこちに旅館が眼につくのは宿場町に由来する町であることを物語るものか。一角にはこの地方に目立つ、消防詰所の鐘楼が印象的であった。
 分厚い屋根を持つ重厚な商家建築もあり見応えを感じるが、旧街道がそのまま市街中心となっているため多くは現代的な外観となっており、古い町並というよりは伝統的な建物が散見されるという印象であった。


訪問日:2018.04.28 TOP 町並INDEX