| 広島県大朝町<市場町・街道集落> 地図 町並度 4 非俗化度 8 −山陰とを結ぶ街道沿いに発達した市場町 牛馬市も開かれた− |
|
|
![]() |
![]() |
|
| 大朝の町並 | |
県北西部の大朝の町は、現在浜田自動車道が通過し山陰方面への幹線交通路となっているが、かつても石見地方とを結ぶ街道が縦断し、南隣の新庄とともに発展した。街道集落としてとともに繁栄の要因となったものが、当地で発達した製鉄業だった。中国山地一円で盛んに行われた砂鉄採取とたたら製鉄は付近でも例外でなく、江戸中期には鍛冶屋や鉄師、鋳物師が多く存在した。一時は藩営の鈩も設営され、一大産業となった。 これらを受けて、「大朝市」と呼ばれる市が定期的に行われ、各種商品が取引された。周辺の農産物のほか特筆されるのが牛馬市で、また芝居の興行なども行われ遠方から訪れる客もあったという。 また新庄村は中世に地区北方の小倉山に城が構えられ、大朝地区の南東2kmほどの所に市街を形成している。こちらも新庄市と呼ばれる市が立てられ、月ごとの定期市のほか12月25日の年市などが開催、近隣だけではなく石見の商人も集まり繁栄したという。 両地区を訪ねまず印象的なのが、赤褐色の瓦が目立ち石見地方とのつながりが感じられるところである。大朝地区では大柄な商家風の建築もいくつか見られ、あるいは製鉄業の発展や市場の賑わいにそのルーツを持つ邸宅か。以前は立派な旅館建築も街路沿いに見られたが、今は取り壊されたらしく目にできない。 新庄地区は古い町並としては大朝地区をやや小型にしたような風情だが、瓦を葺いた門と塀を巡らせた邸宅など落着い佇まいが連なる。上市・下市といった地名が残っているのも、かつての市場町を想起させるものだ。 |
|
![]() |
![]() |
| 新庄の町並 | |
| 訪問日:2025.08.12 | TOP | 町並INDEX |
|---|