長船町は岡山市の東約20キロほどの、現在では通勤圏としてJR赤穂線も長船駅折返し列車が多いベッドタウンの町である。
駅の西側、吉井川に並行する辺りにかつて壮大な商業都市が発達していた。
現在のように常設的な商店街のなかった時代、一日市、二日市、七日市など日を定めて市を開くのが普通であった。それは今でも全国各地にそれらの地名が残っていることからもわかる。しかしこの福岡の市は、14世紀に常設の市場が存在していたことがわかっているばかりか、今の吉井川の河道内にも広く町が開けていたとも推定され、想像を絶する規模の商業都市が展開していた可能性が高いのである。
その繁栄振りは、現在でも町の規模にそぐわないほどの広い幅員の街路から容易に想像出来るものである。水運とともに山陽道の沿線でもあり、備前焼など近隣の産物の発信地、また中国産地で豊富に産出される鉄によって、「備前刀」の中心的産地としても重要な位置を占めた。日本刀というと備前長船と人々から言われるほど、名刀の産地として知られてきた。
今の福岡の町は、一方を吉井川の堤防、他の三方を田園に囲まれ、きわめてひっそりとしている。ここがかつて、商業の一大中心地であったことを伺うことは難しい。しかし、広々とした碁盤目状の街路の両側に、中庭を従えた屋敷造りの家々が今でも並んでいる姿は他の多くの古い町並とも違う、ただ事ではないような雰囲気がある。
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