大塩の郷愁風景

兵庫県姫路市<産業町> 地図
 
町並度 5 非俗化度 9 −塩で栄えた屋敷の佇まいが印象的−
 

 


大塩の町並



 姫路市大塩は高砂市との境にある町で、国道250号線・山陽電鉄に沿っている。
 地図を見るとこの付近の海側には広大な低平地が広がり、ゴルフ場などの表示も見える。私はゴルフをしないので知識は淡いが、こんな都市部の港湾地帯にゴルフ場があることが奇異に感じられる。
 私はこの大塩は海岸近くに開けることから、漁村或いは港町だったのだろうという知識で訪ねたのだが、どうも町並を歩くとそうした佇まいとは違う。大きな敷地を有する屋敷が多く見られるのだ。中には通りに面して長屋門を従えた、武家か庄屋を想起させるような厳かな構えも眼にするではないか。ここは港町であったかもしれないが、少なくとも漁村ではないだろう。その理由は歴史を調べると判った。
 この町は名を紐解くまでもなく、塩田で栄えた町だったのである。中世にかけては汐咲そして後に塩崎と呼ばれる土地で、後に塩の生産量の増大に伴って大塩と呼ばれたとされ、塩田によって発達した集落である。藻塩焼という古代からの製塩方法がとられていた頃から眼前の遠浅の浜で製塩業が盛んで、年貢として塩を納める代りに租税が免除になる等優遇されていたらしい。文化年間(19世紀初頭)の記録では姫路藩領内で最大の塩浜面積を有していたという。
 維新後も製塩業はこの町の基幹産業で、大塩村という単独の自治体を形成していた。明治38年に塩の専売制が始まると専売局の出先機関が置かれるなど、塩とともに歩んできた歴史を持つ。
 現在にも残る広大な屋敷は塩長者なのだろう。それらは自ら古い町並景観を演出し、歴史を伝える。もちろん平地の少ない海辺の町であるため、細い路地が細やかに巡るなど漁村と共通する部分もあった。





塀を巡らせた広い敷地の旧家が多く残るのはこの町並の特徴である





訪問日:2007.02.11 TOP 町並INDEX