百舌鳥の郷愁風景

堺市北区<街道集落> 地図
 
町並度 4 非俗化度 8  −新興都市域に取り囲まれながら残る西高野街道の痕跡−
 



 
 百舌鳥梅北町の町並


 
 
 堺市域の北部、百舌鳥(もず)地区は現在では住宅地・商業地が展開しているが、仁徳天皇陵をはじめ古墳が非常に多く残る地域であり、また時代は下って中世に開かれた西高野街道が横断し、町場が形成されたところだ。
 西高野街道は堺と高野山を結ぶ街道として鎌倉初期には完成したとされており、参詣の道のみならず商都堺の米や酒、綿などを運搬する重要な道として使われた。
 現在でもこの街道の面影を見ることができる。具体的には国道310号「梅北」交差点付近から南海高野線中百舌鳥駅の南にかけての区間で、主に西部に古い町並が見られる。この街道沿いをはじめとした古くから町が発達した所と、後になって住宅団地として開発した街区が共存し、その境界も曖昧になっていることで、逆にその対比が際立っているようにも感じる。瓦を葺いた立派な門を持つ屋敷、長屋門を構えた旧家などその構えもなかなか格式を感じるものがあった。
 この街道付近にはJR阪和線の百舌鳥駅、南海中百舌鳥駅があり、同駅はまた地下鉄御堂筋線の終点ともなっている。この区間の旧西高野街道筋を辿るには、百舌鳥駅から中百舌鳥駅に向けて歩くのが最も便利と思われるが、かつての幹線交通は現代の道路・鉄道網の中に完全に埋もれた形となっている。
 
 



 
百舌鳥梅北町の町並
 



 
百舌鳥梅北町の町並 中百舌鳥町の町並
         

訪問日:2025.05.21 TOP 町並INDEX