加賀・大芦の郷愁風景

島根県島根町<漁村・港町> 地図(加賀) 地図(大芦)〈松江市〉
町並度 4 非俗化度 8 −島根半島北部 西回り航路と豊かな漁場に恵まれ発達した町−
 




 
加賀の町並


 加賀・大芦地区は島根半島北岸に位置し湾を挟んで対峙している。この付近の海岸は半島でも特に出入りが激しく、加賀潜戸などの景勝地もあり加賀集落からは遊覧船が発着している。
 13世紀ころには早くも加賀荘の文字が見える。この地域は大小多くの入江があることから多くの港を抱え、また隠岐への航路も発着していたことから、軍事的な要地ともなった。尼子勝久が松江城に入った元禄12(1699)年からの2年間、尼子・毛利両軍が激しい戦闘を繰り広げたところであり、一時毛利方はここに加賀城を築いたのだという。
 加賀浦は藩の積出港としても栄え、また西回り航路の風待ち港にも利用されたため、港として発達した。藩の番所や制札場が置かれ、半島屈指の港町として機能していた。江戸時代中期以降、加賀には30を超える船問屋や船宿があり、停泊する乗組員で賑わっていた。一部には廻船業を営む者も現れ、中国山地で産出される砂鉄をはじめ煙草、銅、干鰯などが出荷された。近隣との商取引が主だったが、中には越後や津軽へ出向くものもあったという。
 また両者とも漁業が盛んであり、特筆されるのが長崎への俵物の需要が高くナマコや鮑、フカヒレなどを生産・出荷していた。また鰹やワカメなども名産とされ、藩への献上や周辺各町への販売が行われていた。
 漁業だけでなく、周囲の山間部では油木と呼ばれる櫨(ロウソクの原料)が栽培され、商品化され売りさばかれていた。
 土蔵を従えた邸が散見されるのはその豊かさのためであろう。町並としての見応え度は大芦の方がやや高く、狭い路地に土蔵が向き合う姿を見ていると、やはり裕福なところだったのだろうという思いを抱く。
 
 
大芦の町並








訪問日:2013.10.14 TOP 町並INDEX