楢原・倉村の郷愁風景

福島県下郷町【宿場町】 地図
 町並度 5 非俗化度 8 −会津西街道の宿駅・街道集落−







楢原の町並
 

 会津地方は北部の盆地を除いてはほとんどが山間部で占められ、新潟で日本海に注ぐ阿賀野川の中上流域に位置する日本海側の領域に属する地域である。そのため冬季の積雪が甚だしく、気候条件の厳しい土地といえる。
 一方で奥州とはいえ北関東への入口にも当り、下野とを連絡した会津西街道と呼ばれる旧道沿いでは古くから街道集落が発達した。別名下野街道・今市街道とも呼ばれ、会津藩内のみならず羽前米沢、さらに新潟方面からも阿賀野川を遡っての物流、さらに参勤交代にも利用されるなど重要度の高い街道であった。
 楢原・倉村ともに江戸時代には楢原郷に属し、楢原は宿駅の指定を受け元禄の頃には既に70余軒、350人超を数え馬約50頭を有していた。北に大内宿、南へ田島宿を控え、それらはほとんどその宿駅間を行き交う荷役に使われた。特に江戸への廻米輸送に力を発揮した。
 楢原地区の南に接する倉村地区は、街道に沿っているが特に宿駅機能があったという記録はない。阿賀野川に面し、対岸との渡しがあったというが交通面での大きな役割はなかったようで、どちらかというと農村集落の色が濃いところである。
 両者とも国道121号線に沿って展開する。ほぼ直線の街路で、比較的坦々と連なるといった印象だが、トタンで覆われた寄棟や入母屋の屋根を見ると、もと茅葺だったに違いないと思わせる。楢原地区では、母屋の奥に複数の土蔵や離れなどを従えている例が多く見られ、間口に対して奥行が非常に深いのが特徴に思われた。
 倉村地区の特徴は土蔵が旧街道に面している点だ。その意匠はさまざまで、窓の形もユニークなものなどが見られ、歩いていて面白いものがある。戸袋に屋号を記した姿も見られ、また道路沿いに「倉村まんじゅう」という古びた宣伝看板もあったことから、農村集落として裕福で、街道の往来もあって賑わったのだろう。
 
 








倉村(豊成倉)の町並

訪問日:2015.09.20 TOP 町並INDEX