小川の郷愁風景

長野県小川村<商業町・農村> 地図 
 
町並度 4 非俗化度 10  −古くは戸隠三社とのつながりも強かった山村−



 小川村は長野市の西約40km、北は戸隠山をはじめとする山岳地帯、西は大町市から白馬村にかけて接する山村である。
村の中心地区・高府の町並









 

 古くから戸隠とのかかわりが深く、三院を司っていた顕光寺が小川荘を鳥羽院に寄進し皇室の荘園として発展した。
 戦国時代には小川城が存在し、土着の小川氏が支配していたが、天文5(1536)年には戦の末大日方長利に明け渡した。同氏は北信濃へ勢力をのばしつつあった武田信玄に従い、戸隠三院からの信奉も篤かったという。
 江戸時代は松代藩領で、西側の他藩との境界部には口留番所が三箇所設けられていたという。産業的には余り恵まれた土地ではなく、凶作や飢饉、地滑りなども頻発したが、稲作をはじめとした穀類、漆の実、藍のほか馬などが産物として知られていた。これらにより周囲の山村を背景にしたささやかな在郷商業町が形成されていたのだろう。
 中心集落の高府地区では商家風の建築が散見され、小規模ながら古い町並を残している。脇道には奥行く深い土地に土蔵が並ぶ風景も見られ、豊かな家々も多くあったと思わせる。
 明治期に県道の改修が行われ、馬車が通るようになり、後に定期バスも通うようになった。その頃が最も賑わっていた時期なのだろう、伝統的な建物もその頃建てられたものが多いように思われた。

訪問日:2014.09.15 TOP 町並INDEX