須崎の郷愁風景

高知県須崎市【港町・在郷町】 地図
 町並度 5 非俗化度 8 −中世からの古い港湾都市−
 




 高知県中部やや西よりの海岸部に町が開ける須崎市。風光明媚な海岸線も展開し、鰹などの海産物にも恵まれ様々な目的で訪れる価値のある町である。
 市街地は海岸付近の低地に展開し、国道56号線が山側を短絡する一方で、JR土讃本線は市街地の外側の海岸線に沿って大回りしている。古い市街地の路地先にある踏切を特急列車が通過したりするのも一風変っている。その国道と鉄道に囲まれたエリアが古くからの須崎の町で、一部には古い町並も残っていた。
 中世には津野氏の領する地となり、小高い丘に城も構え港湾も早くから整備されていたというが、関ヶ原の役を機に滅亡の憂目に遭っている。
 江戸期に入ると背後の産地を控え、諸物資が集結し商いが行われる在郷町としての役割が強くなった。戦国期以前に整備されていた港湾を利用して各方面との交易も容易であったことも発達を促したのだろう。木材や炭、和紙や茶などが積出され、特に和紙は高知城下に納められていた。廻船問屋も多く港を中心に発達する商業都市が成立していた。
 漁業も盛んで特に鰹節は土佐の国産品として幕府や諸大名に献上されたように、ここ須崎でも本格的に鰹漁が行われ、そして生産された。須崎節と呼ばれ土佐国の31浦で5・6番目の製造漁を誇っていたという。 
浜町二丁目の町並


中町一丁目の町並




青木町の町並 これはもと銀行か 中町一丁目の町並


 市街中心には漆喰の塗屋造りがあちこちに残っていた。平入りが目立つが妻入りとなっているものも少なからずあり特徴に感じられる。妻部には瓦を斜めに庇状に張り出させた「水切り瓦」が見られる旧家が多く、土佐独特の町並景観を形成している。もと銀行建築なのか、大柄な出桁調の建物も残っており、古くから町として賑っていたことが感じられる。商店街として店舗に改装されたり改築された例が多いものの古い町であることは町の空気でわかる。
 一方で中心から少し外れた位置、線路際に残る砲台跡は土佐藩が防衛のために建設したもので、港湾として重要な位置付けがあったことを示している。物資の輸送はもちろん大正14年には大阪直行の旅客船が就航している。しかし時を待たずして国鉄高知線(現土讃本線)が高知との間に建設され、紙や木炭などは貨物列車で陸送されるようになった。以後は物資の集散地としての役割は徐々に薄くなり、地方の小都市の雰囲気を帯びて今に至っている。
 




青木町の町並 西町一丁目の町並

訪問日:2009.05.05 TOP 町並INDEX