太子の郷愁風景

大阪府太子町【街道集落】 地図 
 町並度 6 非俗化度 6 −緩やかな峠道に風情ある街道集落−



 府の南東部、平野部の縁端から金剛山地に向かう丘陵にかけて歴史の深い街道集落が現存している。この竹之内街道は、大坂難波津から大和に通じる幹線道路で古代以来の歴史を刻んでいる。河内・大和間の峠越えは北側の穴虫峠と併用されたが、この竹之内峠が本線であった。内陸国大和に海産物を運ぶ主要幹線として、都が山城に移った後も利用されていた。
太子町山田の町並




左の大和棟は旧山本家住宅
 

 歴史の変遷に伴い局面ごとにその舞台となり、大坂夏の陣の折には徳川軍の侵攻に利用され、また伊勢宮のお蔭参り流行時にはおびただしい参拝客の集団が通行した。
 自治都市であった堺と今井
(奈良県橿原市)とを直結する道でもあり、この二つの町を中心に、大和と河内間の物資流通路として重要な役割を担っていた。
 旧街道らしく乗用車の離合が可能か否かほどの道筋は、東の竹之内峠に向けて緩やかに上り勾配となりまた所々で曲線を描いている。東に向かうにつれ平野部の眺望が開け、当時の旅人や行商人たちは大和への峠道を辿っていることを実感したことだろう。家々は古風な外観を保ち、中二階のものが目立つ。ただし宿場町ではなかったためか建て方がゆったりしており、街道沿いに土蔵を配置させるなどのどかな雰囲気が漂う。旧宿場町のようなぎすぎす感はない。
 その中にあって独特の大和棟が典型的な形で残る旧山本家住宅は迫力を感じさせ、特に旧道沿いから一段低い位置に立地し屋根に視線が向いやすいことから、その特徴が非常に際立ってわかりやすい。大和棟の構造詳細を把握したい場合はこの旧家を訪ねるとよいだろう。
 所々にささやかな案内板が見られたほかは極めて自然体の町並であることも好感度が高いものであった。









訪問日:2011.08.13 TOP 町並INDEX