| 群馬県高山村【宿場町】 地図 町並度 4 非俗化度 7 −三国街道の宿駅 厳かな問屋(本陣)の建物が残る− |
|
|
|
| 中山(新田地区)の町並 左は本陣を兼ねた問屋の建物 | |
高山村は県中部やや北寄り、中之条町と沼田市に接しており吾妻川や利根川流域とは隔たった山地内にある。 両市街地とを結ぶ東西の県道145号が村内のメイン道路で、役場や主要な集落もこの沿線上にある。 そんな集落の一つ中山地区には、越後街道の宿駅が置かれていた名残が問屋(本陣)の建物とともに残っている。この街道は中山道高崎宿より越後寺泊までを結び、長岡藩・村松藩・新発田藩などの越後各大名、佐渡奉行の重要な通路として用いられてきた。江戸と越後を結ぶ最短経路であり、米どころ越後米の主要な輸送路ともなっていた。 中山宿はこの問屋建物の残る新田地区と1km弱東の本宿とともに宿場町を形成し、江戸初期の正保年間には早くも問屋が置かれていたという。継立人足25、馬25頭が常備され、助郷も周辺9諸村を数えた。天保年間の記録では、問屋(本陣を兼ねる)が本宿2・新田1、旅籠は本宿4、新田に5(内4は茶屋旅籠)が置かれた。明治初年には本宿7・新田11合計18の宿屋が存在していたが、同19年国道が開通すると中山宿は急激に衰退し、その役割を終えた。 新田地区の旧本陣建物は非常に厳かな外観で、中庭に繁る巨木群がその印象を強めているようだ。中でも樹齢600年といわれる大ケヤキは中山宿発足当初からその様子を見守ってきたわけだ。そこから北に向って一直線に、緩やかな坂を伴って連なる街道に沿い街村的な町並の展開があった。ただし、主要街道のような軒を接したものではなく、前庭、または土蔵を従えたりして緑濃い印象を受けた。兜造りを思わせるトタン屋根の形を持つ家もあった。 旧本陣を中心に数箇所案内板が設置され、訪れる者にもその歴史が理解できるよう工夫がなされていた。 |
|
![]() |
|
|
|
| 訪問日:2025.05.31 | TOP | 町並INDEX |
|---|