竹内の郷愁風景

奈良県当麻町【街道集落】 地図 
 
町並度 7 非俗化度 5 −飛鳥文化を支えた古街道−
 









旧竹内街道沿いの町並 緩くカーブする坂道に沿い独特の大和棟を持つ旧家を中心に伝統的な家屋が純度高く残っている


 やはり大和は深い歴史を孕んだところである。ここで紹介する竹内街道は7世紀初頭の推古天皇の時代に既に開かれていたといわれる。竹内街道と呼ばれるのはどちらかというと河内側が中心で、大和盆地に入ると横大路と呼ばれ、我国最初の官道として、大陸からの物資が大和に持込まれた。飛鳥の文化発展はこの街道抜きにしては語れなかったことだろう。
 道はさらに東に伸び、伊勢へ通じ初瀬街道とも呼ばれ、また広義には伊勢街道と呼ばれた。時代や地域により様々な呼ばれ方をした。それほど古い歴史を刻んだ街道といえるだろう。
 中世以降になると伊勢参りが盛んに行われ、竹内街道は参詣客の通行を多く受入れてきた。他にも高野山をはじめとして大峰山、当麻寺、長谷寺などへ向う参詣者、そして吉野へ向う観光客など、河内や泉州方面からの人々を中心に通行する客が絶えなかった。
 北側に通じていた穴虫峠などとともに河内と大和をつなぐ重要な峠として長らく位置づけられ、明治に入ってからも大規模な開削工事が行われている。幕末の安政5(1858)年の記録では様々な商家とともに3軒の旅籠が記録されており、宿駅的な機能も兼備えていたことがわかる。また明治3年の「竹ノ内村明細帳」には「茶屋旅籠九軒」とあり、菊屋・花屋・伊勢屋などの屋号を伝えている。また近くには当麻寺の門前町もあって、そちらに旅装を解く旅人も少なくなかったという。
 近年、健康志向もあり街道探訪をする人々も多いとあって、国道166号線の南側に今でもその街路筋を明確に残す旧道には、竹内街道を示す案内板が設けられており、また土色のカラー舗装など旧街道の雰囲気を出そうと様々な努力がなされている。そして峠に向けて上り坂となった街路に沿って、伝統的な構えの旧家が建ちならんでおり、この地域の特徴である大和棟を持つ家も多く見られることが一層風情を高めている。中央の持上がった部分がトタンに被われたものもあるが茅葺のままのものも複数あり、緩やかな曲線を描きながら連なる実に絵になる街道風景が展開していた。茅葺のままの大和棟は今では多く残っては居らず、伝統的な古い町並にあってもその姿を見ることは稀である。残っていてもトタンで覆われているのがほとんどであるだけに、街道上に程度よく原型を保つ大和棟の旧家群は価値の高いものである。
 今回私は竹内集落付近を探訪したのみであったが、河内方面より竹内峠を越え、近鉄磐城駅または尺土駅までじっくりと古街道を巡る歩きにより、この街道の本来の魅力を感じることが出来るのだろう。





風情ある路地風景もあった



訪問日:2008.07.21 TOP 町並INDEX