袖志の郷愁風景

京都府丹後町【漁村地図 <京丹後市>
 町並度 5 非俗化度 10 −丹後半島の先端・経ヶ岬近くに開ける漁村−
             




 

 
丹後半島の先端にある経ヶ岬付近の海岸は険しく、国道も崖の中腹を辿っている。その分景色は素晴らしいものがあるが、冬の季節風を直に受けるところでもある。
 岬からわずか2kmほど西側にある袖志集落は、それでもわずかに開けた平地に展開し、砂浜海岸もあって海水浴場ともなっている。
 中世は宇川村と呼ばれ、江戸時代は幕府領の時期もあったが大半は宮津藩領に属していた。宇川の名は江戸期にも地域の通称として残り、付近は宇川の庄と呼ばれていたという。
 集落背面の海岸段丘に棚田が展開しており、そのことで袖志の地名を知る人もいるだろう。一方集落内は外来者の姿は皆無で、漁師町そのままの家並が広がっている。板壁を多用した家屋の姿は、すぐ北側を日本海に面した厳しい環境下にあることをあらわしているようだ。また切妻平入の、つし2階の町家建築のような外観を持つ建物が散見されるのも特徴だった。その中二階部がどのように利用されているのか定かではなかったが、この点については漁村集落らしくない点だった。
 この袖志集落は海女の存在でも特筆され、特に日本海側では貴重な例という。歴史は深く、17世紀後半の元禄期には既に海女による漁がこの地で行われていたといわれる。驚くことに全盛期には遠征出漁も行われていたとのことで、その出漁先は因幡から越前にまで及んでいたという。
 わざわざこの集落を目的として訪ねる価値があるというほどではないが、丹後半島一周の機会でもあれば、経ヶ岬近くにあるこの素朴な集落に立寄ってみることをお勧めしたい。
 










訪問日:2016.11.13 TOP 町並INDEX