戸河内の郷愁風景

広島県戸河内町<産業町> 地図 <安芸太田町>
 
町並度 4 非俗化度 10 −中国山地を控えた物資集散の地−


 









一本道の街路に沿い密度濃く連なる戸河内の町並

 戸河内町は県の北西部、中国山地の一角にあり三段峡などの景勝地やスキー場を抱え、シーズン中は訪れる人も絶えないところであるが、町自体は零細な山村であり過疎化も進行している。
 町の中心街は国道から外れており、かつての姿を留める。市街地は1kmにも及び意外ともいえる規模を保ち、多くが商店の構えである。むろん今では営業されていないものも多いが、かつてこの地区がこれほどまで賑っていたか、現在の状況からは想像しがたい。
 町が大きく形成されたのは江戸中期の頃で、享保期から文政期までの約100年の間に3割も人口が増加した記録が残っている。その大きな要因は一帯で盛んに行われた砂鉄採取によるものといわれる。中国山地最大の産業であった砂鉄採取及び和鉄生産業は現在では想像を絶するほどの労働力を有し、また山地の村々の多くはそれにより生計を立てていた。
 市が定期的に開かれ、特に年に3回開かれた宮島市の時には石州の商人も頻繁に訪れたという。太田川流域では最上流に開ける町場であったため、周囲の諸山村からの物資も集まりやすかったのだろう。
戸河内村では製鉄業のほか、林業、紙漉きも盛んに行われていた。
 伝統的な商家・町家建築というよりも古びた商店の連なりという印象である。しかし連続した家並からは賑っていた頃の残照が強く感じられる。一部には袖壁を有する建物や、一時期流行したのか二階の窓の意匠が印象的な和洋折衷のような外観の建物も幾つか見られる。一時は1万人近い人口を有し、商業の中心地であったことをうかがわせた。

 


訪問日:2010.11.21 TOP 町並INDEX