塚原の郷愁風景

群馬県月夜野町【宿場町 地図 <みなかみ町>
 
町並度 4 非俗化度 9 −坂道に沿い開放感のある旧三国街道宿場町の町並−
 





旧塚原宿の町並


 中山道の高崎宿から分岐した三国街道は上州を北上し、三国峠を経て越後に達し佐渡への港である寺泊に達しており、佐渡の金山を管理していた佐渡奉行、越後や北国街道沿いの諸大名の往来などで賑わった。
 塚原宿は、中山宿と下新田宿の間に設けられていた。
 塚原宿以南の三国街道は現在の国道17号や上越線が通る利根川の谷間ではなく、その西側を峠越えを繰り返しながら辿っていた。中山宿との間にも険しい金毘羅峠があり、峠下の宿駅としても賑わいを示していたに違いない。二軒の本陣と9軒の旅籠を有し、重要通行も多く受け入れたほか、著名人の休泊の記録も残っている。測量でこの地を訪ねた伊能忠敬は三国街道を辿り享和3(1803)年にここに宿を取ったという。また高野長英もここに宿泊したという記録がある。
 町並は一方的な坂道に沿って連なる。東海道や中山道などの町並に見られるような軒を接する建て方ではなく、街路に面して間口の広い母屋と土蔵が並んでいたり、前庭を従えていたりする。トタンに覆われた屋根はもと茅葺であったのだろう。旧宿場町でも趣が随分違う。むしろ農村集落といった印象の佇まいであった。




 

訪問日:2018.06.09 TOP 町並INDEX