牛津の郷愁風景

佐賀県牛津町<宿場町> 地図  <小城市>
町並度 3 非俗化度 7  −宿場・川港の両者を持ち交通の要衝として発展した−






 牛津町は佐賀市の西10km弱、長崎本線の駅が設けられ交通の便はよい。概ね低平な地形で水路が縦横に巡っている。
 佐賀平野・白石平野の境界といえる位置にあり、古くから勢力の接触点となったほか、牛津川の水運を得て物資輸送の拠点となった。牛津川は船舶の遡上や停泊に十分な川幅や水深を持つことから古くから輸送路として使われ、砥川地区に港が造られ物資集散の拠点となった。現在の牛津駅南側付近には江湖という湖があり、船舶の停泊に適しておりまた小城鍋島家の船着場や米蔵もあった。
 



 
牛津(旧牛津新町)の町並

 
 一方旧長崎街道は牛津駅の南東から北西に向けて通過しており、牛津宿が置かれた。宿場町として発達する前に既に港が賑わいを示しており、牛津川をさかのぼって集められた大坂の呉服、肥後の畳表、大牟田の石炭など各地の名産がここに集結、街道を介して各地に運ばれていった。商家や問屋が林立し、「西の浪花」とも形容されるほどの賑わいだったという。
 宿駅機能としても上使屋(本陣)をはじめ問屋場、馬立場、高札場などが整備されていた。
 現在は港町としての姿はほぼ残っていないが、宿場町としての様子は多少うかがい知ることができる。旧街道のうち長崎本線の踏切を挟んで南東側が旧牛津本町で、上使屋をはじめ主要な施設はこちらに置かれたというが、商業施設をはじめ近代化されており面影は残っていない。一方北西側の旧牛津新町には街道集落らしい家並がわずかに残されていた。商家を思わせる伝統的な建物はないが、住宅として特徴的な姿が目立つのが特筆される。屋根の形が平面的に「コ」の字型を示した「くど造り」である。基本的に茅葺屋根のものを指すらしいが、ここで見られるのはトタンや鉄板で覆われているものの、もとは茅葺と思われるのでくど造りと呼んで差し支えなかろう。見たところ街道沿いだけでも5軒程度目についた。都市部に近く幹線鉄道の駅から徒歩数分のところにこのような家々が多く残されているのは珍しいのではないだろうか。
 なお旧街道から少し外れたところに印象的な赤レンガの建物がある。江戸後期から明治期にかけて呉服商を営んだ田中家の倉庫であり、イベント等で活用されているようだ。田中氏は地場の百貨店「玉屋」の創始者でもある。こういった事実も、牛津が地域有数の商都であったことを証明するもののようだ。
 古い町並としての質量は今一つとはいえ、印象度は高い町並と言えよう。
 




旧道沿いにはくど造りを思わせる家屋が見られた




赤レンガの旧田中家倉庫
 
 
訪問日:2021.01.04 TOP 町並INDEX