横谷の郷愁風景

岡山県矢掛町<農村集落> 地図
町並度 4 非俗化度 8 −もと大庄屋の屋敷を中心とした豪農集落−



 矢掛町はかつて山陽道の本宿が設けられていたところで、本陣・脇本陣をはじめその遺構が濃厚に残る貴重な町並で知られている。ここで紹介する横谷地区は町の中心から東に3kmほどのところにある。
集落を代表する福武家 大庄屋をつとめた名家だ




福武家の長屋門(左)と塀のある風景
 

 付近は小田川に沿った狭い平地に展開する農村風景が広がっている。その中で最も印象的なものが福武家住宅である。
 江戸時代より横谷村の庄屋をつとめていたが、天保7(1836)年からは庭瀬藩の大庄屋となり、豪農として繁栄していた。漆喰壁を巡らしたその佇まいは遠くからでも非常に目立っており、一目で大変な邸宅であることがわかる。長屋門も厳かに残っていた。
 この村は山陽道の大通行時には矢掛宿の助郷村(宿駅業務の補佐)となっていた。江戸後期の文政2年の記録では900人あまりの人口を有し、また綿作が盛んであったという。
 付近は山陽道筋とは小田川を挟んだ反対側なので街村というかたちではなくあくまで農村集落なのだが、福武家に限らず豪農型の邸宅が少なからず目に付く。母屋と土蔵を備え、それらが塀に囲われた姿はやはり威厳を感じさせるものであった。
 








周囲には豪農型ともいえる厳かな家々が見られる


訪問日:2014.04.27 TOP 町並INDEX