恩智の郷愁風景

大阪府八尾市<産業町・商業町> 地図 
 
町並度 5 非俗化度 9  −生駒山地麓に木綿長者の屋敷が残る−

 

 

 恩智中町の町並 左はもと木綿問屋の萩原家


 八尾市恩智地区は市域南東部、生駒山地を形成する高安山の南西麓を含む一帯を指す。近鉄大阪線の駅があり交通至便な場所であるが、道路は入組んだ細い街路が多い印象である。
 古くは河内国高安郡に属し、東高野街道が地区を縦断しており中世には恩智城が構えられていた。城地の東側には天平10(738)年の史料にもその名を見る恩智神社が鎮座し、歴史の非常に古いところである。
 江戸期にはこの一帯では綿作、木綿織が盛んに行われた。高安山麓では「山の根木綿」と呼ばれ名産品となった。問屋も多く立地し、「山の根組」いう仲買組織が生れた。組合の規定を作るなどし新規商人の台頭や流通の拡大に対応し、恩智村は木綿の集荷の中心的役割を果たしていた。
 古くからの街区は近鉄の線路より東側の部分で、恩智川を渡ると路地が支配する町並が展開する。東高野街道はそのまま国道170号となっており、国道としては貧弱な感じだが十分車のすれ違いが出来る幅員があるので旧街道としては立派なものである。
 恩智神社の鳥居付近から東に進むと山裾の一帯となり、細い路地がますます増え迷路状となる。この付近が真骨頂といえ、長屋門を持つ屋敷や板塀土塀を巡らした路地、小路には不似合いなほど立派な商家風建物などを見ることが出来る。
 また、鳥居から旧街道を挟んだところには立派な屋根の古い建物がある。大和木綿問屋を代々営んだ萩原家の住宅で、現在はギャラリー等として使われている。裏手にも複数の土蔵を連ね、裕福な木綿問屋であった事がわかる建物群である。
 
 

 

 

 

   
   


訪問日:2023.06.02 TOP 町並INDEX