日永の郷愁風景

三重県四日市市街道集落 地図 
 町並度 4 非俗化度 7  −伊勢街道との分岐点付近に発達した東海道の街道集落−





 
日永四丁目の町並 
 
 日永はかつて東海道から伊勢街道が分岐する追分のあるところとして知られ、これは現在も国道1号の交差点として残されている。常夜灯や鳥居があり、この鳥居は桑名の七里の渡しに建てられた一の鳥居に対し、二の鳥居と云われていた。
 この交差点から北はしばらく東海道筋が明確に残っており、宿駅としては指定されていなかったものの追分を控えた街道集落が展開していた。日永村は北の四日市宿、南の石薬師宿とのいわゆる間宿で、宿屋や茶店もあったという。伊勢宮への客も多いことからかなりの賑わいを示し、「日永うちわ」「日永足袋」などの土産物も有名だった。中でも「日永うちわ」は最盛期には10軒もの製造業者があったといい、伊勢参宮客の夏の土産品として知られていた。今も「団扇最中」という菓子を売る店舗があるのもその名残だろう。
 街道筋は1.5車線ほどの幅であるが、かつての幹線路は線形がよく今でも短絡路になっているのか車両の往来が多い。合間を縫って歩いていると一里塚跡、ついで商家を思わせる建物などが見えてくる。伝統的な建物は散在的で連続した個所は少ないものの、歴史を感じさせる家並は日永二丁目から四丁目にかけ約1kmにわたって続き、東海道筋の往来の多さ、賑わいを示しているようだ。
 


 
日永二丁目の町並


 
日永二丁目の町並
 



 
日永二丁目の町並 

訪問日:2020.07.18 TOP 町並INDEX