八浜の郷愁風景

岡山県玉野市<漁村・港町> 地図
 町並度 6 非俗化度 7 −児島湾奥の港町 商業も盛んだった町−
 


 玉野市は国鉄四国連絡船の発着地であった宇野付近が現在の中心であるが、江戸期から明治初年にかけては児島湾に面したこの八浜(旧八浜町)のほうが主要港であった。商品流通面だけでなく、由加山参りの港としても繁栄を見た。


醤油醸造場付近 煙突はこの町並のシンボルのようだ












八幡神社鳥居前付近


 ここは15世紀に遡るといわれる古くからの漁村でもあった。一時は児島湾の漁業権の八割をも占めたほどであり、漁業権争いをしばしば起しながらも、常にこの八浜は近隣の漁村の中心でありつづけた。
 また、ここは中世より児島地方の産物(海老、米、麦、塩など)の積出港であった。藩の方策により在町に指定されたことにより、酒、醤油、海産物の加工品などの産業都市ともなり、現在町並を歩いて目につく造り酒屋、醤油醸造工場は当時に由来するものであろう。
 明治以降、児島湾の干拓が進み、半島の裏側の宇野に主要港の座を奪われ、八浜は凋落していったが、以後も貝の養殖を中心とした栽培漁業、繊維・縫製産業も興って、銀行の本店なども設置され細々ながら地域の中心であったようだ。
 町の中心をなす通りに「八浜町並保存拠点施設」がある。ここは明治期より貝の養殖業で栄えた旧家を修復し、資料館・交流施設として最近公開を始めたもので、八浜町長、衆議院議員などをつとめた藤原元太郎の旧宅である。この町並も、行政から補助を得て、古い民家の改修整備が近年行われているようである。一部では漆喰が塗りなおされたり、格子が新しく更新されていたりと初回探訪時との変化が感じられる。
 一方で、今回再訪時には町並のシンボルといえる醤油醸造場と周囲の土蔵群の傷みが気になった。この町並のイメージ形成の上で重要な建物群であるだけに、これらも修繕保存の方向で動いていただきたいものだ。
 とは言え古い町並としてはまだ知名度が低く、素朴さそして生活の色の良く感じられる町だ。八浜八幡神社の鳥居脇と拠点施設の近くの二箇所には、だんじりを収納する倉庫も残り、こうした伝統的な祭りもこの町の歴史の深さを証明している。
 


訪問日:2001.11.13
(2016.04.10最終取材)
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