平沢の郷愁風景

長野県楢川村<産業町> 地図 <塩尻市>
 
町並度 7 非俗化度 5 -木曾漆器産業の中心地-




漆器店を中心に密度濃く連なる平沢の町並(下町) 
 

 平沢は中山道に沿い、南に2kmほどにある奈良井宿の裏町として位置づけられていた。奈良井は中山道木曽路の中で藩政期には最も大きい町場であり、宿場としても険しい鳥居峠を控えていることもあり繁栄を極めていた。平沢は宿駅以外の町で本格的な古い町並を今に残している、中山道木曾路では数少ない町であるといえよう。
 平沢は木曽漆器の中心の町といわれ、古くから木曽路の土産物の筆頭に上げられる民芸品である。17世紀頃には奈良井と競合するほど漆器業の発達があり、以後産業町として発達していった。
 町場は国道や中央本線より一段下の奈良井川に近い一帯に展開する。京方から上町・中町・下町と続く中山道沿いの町とは別に、奈良井川寄りに平行する金西町という街区も大正時代に整備された。このことからもいかに漆器の町としての繁栄があったかがわかる。
 近年重要伝統的建造物群保存地区ともなり、連続性の高い町並はそれを目的として探訪するにも十分な質と量を保持している。しかもそれらの大半が漆器の店であるという特異な町だ。
 








 家々は現代に入っても商家の形で更新され、異なる世代の建物が混在していることも木曽路の他の保存地区の町並とは異なる姿だといえよう。明治中期に上町から中町にかけて火災に遭い、現在の家並を構成する建物はそれ以後のものが主体と思われる。木曽路の宿場町の家並と同様、木質感が高く出梁のせがい造りが基本だが、二階部を漆喰の塗屋造りとしている姿も目立つ。
 店舗の前に続く中山道は緩いカーブを描いており、そうした箇所では家々は街路に平行せず鋸の歯状にデッドスペースを作りながら連なっている。特に下町では顕著に見られ、その部分が駐車場として利用されている風景もあった。
 下町から路地を経て金西町に入ると、家々はやや小振りながら漆器店や工場などの端正な町並の姿があった。家並が少し途切れた個所では中山道沿いの裏手もうかがえ、土蔵などがみえる。母屋の裏には離れや作業蔵などが置かれ作業場として使われていたといわれ、その姿が残されているのかもしれない。
 国道沿いには車での観光客を目当てにした漆器の販売施設もできているが、平沢の市街地は静かであり、観光地的な色は淡い。しかし寂れた雰囲気はなく多数の漆器店が古い構えのまま営業されている姿は他には見られないもので、貴重な町並といえるだろう。
   
 


 
 

 

金西地区の町並


2021.10再訪問時撮影      旧ページ

訪問日:2004.05.30
2021.10.09再訪問
TOP 町並INDEX