中小田井の郷愁風景 

名古屋市西区<市場町・街道集落> 地図
 
町並度 5 非俗化度 6  −都会の一角に浮島のように残る古い町並−









中小田井一丁目の町並


 中小田井地区は古い町の姿が残っているとして、名古屋市による町並保存地区に指定されている。名鉄犬山線と庄内緑地公園に挟まれたこの一角は他の区域とは違って狭い街路が入り組み、地図を見ても周囲とは異なった雰囲気を感じる。
 村の成立ちは9世紀に遡るといわれる古い集落だが、江戸初期に入り名古屋城下から岩倉に向う街道が作られ、中小田井はその経路に当たった。この岩倉街道は枇杷島で開かれる青物市の搬送路として賑わい、人々はその帰りにここで日用品や味噌・醤油その他を買い入れた。この町は彼らによって、商家や問屋の建ちならぶ町となった。とある文書には、「此村ハ庄内川ノ西北堤の下ニアリ、岩倉街道ハ北ノ方ニ通シ、此間両側ニ民家建ナラヒ、農戸商戸雑錯セリ、元ヨリ此村落ハ街道ニカヽレリ、サレハ交易便利ナルニヨリ村立ヨキ所ナリ」と記されている。
 当時の街道沿いの商業集落は、今では機能を失い住宅地に飲み込まれて、全く影が薄くなってしまった。しかし、知らずに通りかかると、何故こんな所に古い町並があるのかと奇異な印象を抱くだろう。
 町並と言っても規模はもともと大きくはなかったようで、古い家並が残るのは南北わずか300メートルほどだが、出格子の残る民家が連続し、一部に町並らしい絵になる風景も展開する。商家としても成功した家も少なくないようで、敷地の奥行きが深く多くの土蔵を従えた邸宅もあった。
 この一帯は庄内川の堤防下で地盤が低く、かつては度々洪水に見舞われた。家々は丸石を練積みした上に建て、水屋などを設け水害に対応した。それらの石垣は今でも残っており、治水に苦労した昔を語っていた。
 寺院が多いのも特徴で、それもこの町の歴史の深さを示しているようだ。家々の軒先には花々が育てられたりして住民の町並景観を守ろうという心が感じられた。
 

 

 小路には土蔵の連続した風景も見られる

2020.07再訪問時撮影

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訪問日:2003.05.03
2020.07.19再訪問
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