| 岡山県牛窓町<港町> 地図 <瀬戸内市> 町並度 5 非俗化度 6 −朝鮮通信使も来航した風光明媚な港町− |
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| 関町地区のもと造り酒屋 | |
| 県南東部の瀬戸内沿岸に位置する牛窓。15世紀頃からの貿易港で、今でも古い港町としての香りを濃厚に伝えている。 江戸期の牛窓は備前有数の港町として西廻り航路の寄港地となり大いに繁盛した。また朝鮮通信使も立ち寄り、構成人員は時に500人にも及ぶこの使節団を受け入れ、宿屋だけでなく寺の境内も宿泊所に当てられたという。このような折の町の賑わいはどんなものであったろう。 主に古い町並の残るのは市街中心の東側、関町から東町と呼ばれる地区で、海岸線に沿った細い道筋に港町らしい家並が連なっている。現代風に更新された家も少なくなく、一方で取り壊され駐車場などに変貌したものも見られ、連続した古い町並としての密度はそれほど高くない。しかし街路の屈曲を曲ると新たな視界が開け、古びた格子の美しい町家などが現れてくる様子は、何が現れるのだろうという期待感を抱かせ興味深い散策となる。中でも旧牛窓銀行本店(大正4年建築)は煉瓦造りの洋風建築で、木造の町家の目立つ町並の中では異質であるが、繁栄を誇っていた時期のこと、当時としては斬新な建物がここに建設されたのは不思議ではない。内部では牛窓の歴史が写真で公開されている。 さらに東に向かい、海へ突き出た燈籠堂を回りこんだ先に展開する東町地区は慶安年間に入海を埋立てて開かれた町で、造船業が盛んであった。今でも造船所の看板を掲げた姿が目に入り、一隅にあるとりわけ大きな豪邸は東服部家(屋号若菜屋)、一大材木商であった旧家だ。港町としての商取引の基幹に木材があり、船大工、船具商も多く立地していたという。今でも商いを続けているのか故意か、年季の入った船具商の木製看板を掲げているお宅もあった。 |
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| 旧牛窓銀行 | |
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| 東町地区の東服部家 | |
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今回はかなり久々となる再訪であったが、思いの外以前と大きく変わった箇所は少ない印象を受けた。20年以上経過しているので記憶が曖昧になったのもあるだろうが、それは地元の方々が意識されている結果でもあるに違いない。 |
※2025.09最終訪問時の画像 旧ページ
| 訪問日:2002.02.03 2025.09.15最終訪問 |
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