八尾の郷愁風景

富山県八尾町<商業町・門前町> 地図
町並度 7 非俗化度 4 −伝統的な祭りも有名な富山平野南端の商業町−




日本の道百選に選定されている諏訪町の町並


 八尾町は富山平野の最南端を占め、神通川支流の井田川右岸の河岸段丘上に町が開けている。この町は春の曳山祭、初秋のおわら風の盆という2つの民俗祭が行われることで有名で、町の規模の割には知名度は高いといえる。
 町の起源は聞名寺の門前町としてであり、後に商業町として大きく発展する基礎を作った。商業町としての八尾は、背後に山間部の五箇山地区や奥飛騨地域を控えていて、それらからの物資が集結してきて、定期的に市が立つようになった。特に和紙や蚕、生糸などの取引が盛んであった。和紙は売薬の盛んな富山で薬包みに重宝されたことから一層需要が増し、一時富山藩により紙会所も設けられている。また蚕(蚕種)は幕末頃には全国17ヶ国に行商されるなど八尾蚕種は名声を高めた。こうして八尾は富山藩でだだ一つの他国との物資交易を行った町であり続けたそうである。
 町中にもそれにふさわしい家並が今でも残り、深い趣を感じさせてくれる。特に市街の南東側の山裾に伸びる諏訪町本通は「日本の道百選」に選定されており景観も整備され、石畳調に改修されたその街路の両側には、平入りの出桁造り町家が密度濃く残存している。ある時期に外観が統一的に整備されたように見え、やや人工的な色合いが強いやにも感じられるが、それは嫌味に感じられるものではなく、住まわれる方々の意識の高さが伺える。緩い坂道の両側に連なる家並はリズミカルに感じられ、印象度の高いものがある。
 河岸段丘上の台地上に展開した町であることは、町の北側を見るとひと目でわかる。家並の縁端は急崖をなし、数多くの階段が町の中心とを結んでいる。中でも聞名寺に近い西町辺りでは、丸い川石をうず高く積上げた石垣が連なる景観が見られた。これも八尾を象徴する風景の一つだろう。
 

西町の町並 旅館や造り酒屋が見られる
 

 

 上新町の町並 
 



 
 河岸段丘上にあり北側は急崖となっており 特に西町付近では比高がかなり大きくなっている

2023.07再訪問時撮影     旧ページ

訪問日:2005.10.10
2023.07.16再訪問
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